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2010年2月

2月7日 今日は強い北西風で、自転車は左右によれよれ

朝九時、外気温はまだ7度、風も強そうだが発進した。直ぐさま後悔するような強風にあおられる。浦和所沢バイパスから入間バイパス、そして青梅に向かうと途中の畑の土が強風で舞いあげられて右方向から吹き付ける。口は開けていられないし、風邪で自転車はよれよれするし、ちょっとこれは問題。今日は青梅でターンする。今日のPodcastは日本の歴史古代から平氏の滅亡まで。1万年前から1185年くらいまでを3時間で聞いた。自転車で歴史、これは思ったより良いのではないか。古代、鏃に使われた黒曜石は長野の和田峠で採れたのだが、それが全国に広がり狩猟効率が上がったという。つまりそのころには全国の商品の物流や市場があったということ、1万年前の時代だから結構なものである。中国では紀元前6世紀ぐらいから国同士の戦いが激しくなり、秦の始皇帝が国として収めるまで戦国の争いが続いていたらしい。中国や朝鮮半島にいた農民や鉄の鋳物師たちが、船に乗って九州から西日本に渡来してきたのが紀元前2-3世紀という。水稲栽培や鉄器による農耕が広がり弥生時代には定住生活ができるようになった。

後漢以降の戦国時代になると中国の書物に倭国が登場しなくなり、古墳時代までの日本歴史がわからないというのも、まだ日本にはしっかりとした中央政府がなかったのだろう。倭の五王の記述があってやっと日本歴史が再登場する。そうして天平、奈良、平安ときて935年あたりで平将門と藤原純友の乱が東西で起こり一気に武士が登場してくる。貴族や寺は武士を護衛に雇う。西に勢力を伸ばす平氏と東で勢力を伸ばす源氏、平氏は西国の海賊たちを討伐して力を蓄える。多くの国の国司になり勢いをつけてきた平氏は清盛が1167年に太政大臣になりまずは政権を執る。しかし、平氏の横暴に業を煮やした天皇家は伊豆に流されていた源頼朝や木曽義仲に平家討伐の命令を下し、清盛が死んで勢いをそがれていた平氏は、義仲の勢いを恐れて小さい天皇の安徳帝とともに西に逃れる。そして有名な一ノ谷、壇ノ浦の合戦で滅亡する。源頼朝は征夷大将軍に任命されて、鎌倉時代が始まる、とまあここまで。

勉強になるが、歴史の流れしか追わないので、初めて習う高校生としては面白みがないであろう。今までに吉川英治の新平家物語を読んだり、倭の五王の本を読んだりしてきているので、歴史の筋を聞くとそうした物語や逸話を思い浮かべられるから歴史に広がりがでる。歴史の時間にも少し脇道にそれても、こうした関連小説や解説をしていれば歴史が好きになる生徒もいるかもしれない。まあ、高校の先生の事前勉強が大変ではあるけれども、それが先生の仕事、なにしろ人間を作るのが先生のミッションである。

今日は風が強かったけれども、頭の中では日本歴史が渦巻いていたので、あっという間のサイクリングだった。走行距離72Km、走行時間3時間2分。

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